職場のテクノロジーは日進月歩です。複合現実(MR)や生成AIなどの職場のテクノロジーによって働き方が大きく変わるなかで、組織が軽視し、見過ごしてしまいがちなものがあります。最も重要な資産である「人」です。
人が不在のテクノロジーに何の価値があるのでしょうか。せっかくの機材が単なるシリコンとプラスチックの塊と化してしまいます。一歩引いて、何が変化を推進しているのかを見れば、答えはすぐに明らかになります。そう、人です。私たちが暮らす経済は人が動かしています。だからこそ、人への投資はビジネスへの投資なのです。その投資を正すには、職場文化を作ることから始めましょう。
職場文化について話すからにはそれが何なのかを定義することが重要です。しかし、明確にこれだと定義するのは簡単ではありません。価値の集合なのか、行動なのか、態度なのか、それとも習慣や伝統なのか。実は、これらすべてとその他の要素を足し合わせたものが職場文化なのです。
Harvard Business Reviewでは、次のように説明されています。「(職場文化は)組織のDNAです。職場を特徴付けている共有の価値観であり、目標であり、態度であり、慣習です。そこには、行動の仕方、人と人の関わり方、決定の仕方、仕事の仕方が反映されています。職場文化は、幸福感やキャリアを含め、すべてに影響します」。
ごく単純に言えば、米国の著名な経営コンサルタントであるMarvin Bower氏が表現したように「ここでのやり方」こそが職場文化なのかもしれません。
どのように定義するにせよ、職場文化を数値化するのは単純な話ではありません。明文化された一連の規則ではなく、職場での感じ方だからです。どのような組織にも個性や雰囲気がありますが、人為的に作れるものではありません。各地に分散したハイブリッドチームの場合はなおさらです。
経営コンサルタントとして数多くの著書を残したピーター・ドラッカー氏は、「文化は戦略に勝る」と書きました。働き方の激変期を経験した今、組織は1つの事実に直面しています。いくら優れた戦略を立て、最先端のテクノロジーを導入し、世界トップクラスの人材を集めても、文化に問題があってはどうにもならない、ということです。
文化は私たちが吸う空気に他なりません。そこに毒があれば、組織は死に至ります。
文化は、社員の働き方や仕事に対する感じ方を変革しようとしている企業にとって最優先事項です。ここでは、文化がそれほどに重要である具体的な理由と、文化が影響する領域、そして、企業文化にプラスの変化をもたらす方法を紹介します。
職場文化は社員のパフォーマンスに影響し、社員のパフォーマンスは最終損益に直結します。楽しく、人が温かい職場なら、社員が日々精を出して働き、ムードも集中力も向上します。強い文化を持つ組織のほうが一般的に業績が良く、生産性も高くなっています。
実際、幸福な労働者のほうがそうでない労働者よりも13%生産性が高いとオックスフォード大学は報告しています。
職場でのメンタルヘルスの扱いはどうなっているでしょうか。身体の健康と同じくらい重視されているでしょうか。職場文化は社員の心身の健康に大きく影響します。リモートワークの増加はワークライフバランスの向上に寄与していますが、そのバランスを健全に保つには組織としてさまざまな働き方を用意する必要があります。リモートワークでの孤独感を解消し、同時にパフォーマンスを高めるには、職場への複合現実(MR)の導入が解決策になるかもしれません。
コミュニケーションが良好であれば、個々の役割や責任の違いを超えて相互の尊敬と信頼が生まれやすくなります。質問もアイデアの提案もできず、気軽につながれない職場文化では、風通しが悪く、社員の力を引き出しきれないかもしれません。エンゲージメントを達成するには、互いにオープンに意見を言い合えるコミュニケーションが必要です。
信頼を築くには、社内の透明性が鍵を握ります。職場の風通しが良くなれば、社員は建設的なコミュニケーションができると感じられるようになります。組織の隅々から本音や新鮮なアイデアを聞けるようになって、会議やブレーンストーミングの価値が高まります。MRによってハイブリッドミーティングでも互いの存在を感じられるようにし、社員どうしがありのままの自分として意見を交換できるようにしているビジネスもあります。これは、最終的にはビジネスにとってプラスになります。
強い企業文化とブランドアイデンティティがあれば、適切な人材を引き込みやすくなります。会社のコアバリューや目標を明確に記載したウェブサイトを用意しましょう。そうすれば、求職者が自分と会社の相性を判断しやすくなります。また、優秀な人材に「この会社の価値観や文化は自分に合っている」と納得してもらうチャンスにもなります。
ポジティブな文化は、社員を大切にし、業績に対する一人ひとりの貢献を高く評価します。「単なる歯車ではなく仲間の1人である」と感じている社員のほうが、組織に留まる可能性が高くなります。企業文化が健全な場合、Z世代の社員を引き留められる可能性が16倍高くなります。これは長期的なロイヤルティにつながるうえ、新しい人材を常時募集するコストの削減にもつながります。
特に大きく成功している組織文化は、あらゆるバックグラウンドの人を集め、チームスピリットを育んでいます。考え方や性格がまったく違う人間どうしでも、共通の目的があれば協調できるものです。トップクラスの業績を上げている企業からは、あらゆる多様性が成否を分けるという声がますます聞かれるようになっています。
McKinseyが公開したダイバーシティ&インクルージョンに関する最新の考え方によれば、ビジネスにおける多様性推進論は強くなる一方です。同社の調査では、リーダーの多様性と社員の満足度の高さに関係があることも示されています。
コラボレーションが活発な文化なら、チーム間の壁をなくせます。裏を返せば、環境が悪いと社員は利己的になり、責任の押し付け合いがはびこるようになる可能性があります。
文化が健全であれば、社員の間に最高の仕事をしようというモチベーションが生まれます。快適に働ける環境を作り、決定権を与えたほうが、社員のベストを引き出しやすくなります。これはパフォーマンスの高い文化を生み、その結果、組織全体が強化され、製品やサービスを最高の状態にキープできるようになります。
企業をこき下ろしている投稿を転職クチコミサイトやソーシャルメディアで一度は見たことがあるでしょう。その多くは元社員によるものです。人は社員への対応を見て企業を判断するので、ネガティブなイメージは大きなダメージになりえます。社会的良心が強く、倫理的な働き方を実践し、社員の心身の健康をサポートしている企業のほうが、取引先や優秀な人材を引きつけることができる傾向があります。
McKinseyの調査は、リーダーの多様性と社会貢献の大きさの間に相関があることも指摘しています。
こうしたことを正しく行えばビジネスへのメリットは絶大ですが、有害な文化は正反対の効果をもたらす可能性があります。社員が職場に行くことを恐れ、上司のサポートを感じられない環境では、組織がむしばまれていきます。
文化と士気は深いところでつながっています。文化と同じく、社員の士気も、一言で言い表せるとは限りません。士気とは、エンゲージメントであり、態度であり、ムードだからです。とはいえ、士気が低いときはほぼ確実に分かります。心身の健康、ダイバーシティ、そしてインクルージョンを重視するポジティブな文化を作れば、自分の意見や存在が大切にされていると社員の一人ひとりが感じられるようになり、士気が高まりやすくなります。
しかし、文化が支えるのは個人だけではありません。ポジティブな職場文化は、チームの士気向上にも不可欠です。そうした文化があれば、個人が自分らしく行動して貴重な意見を言えるようになるだけでなく、チームが自信を持って自らの判断で仕事にあたれるようになります。
将来的に自分の仕事内容が変わるかもしれないことを想像できる職場であることが非常に重要、またはある程度重要と答えた労働者は、76%に上ります。以下では、2024年の職場を形作ることになるトレンドをピックアップして見ていきます。
今年はAIによる職場革命がさらに進み、AIがデータを分析し、顧客からの問い合わせに答え、ドキュメントを読み、連絡の素案を作るようになることが見込まれます。では、職場や仕事にはどのような影響があるのでしょうか。
Gartnerは、生成AIは人員削減ではなく新しい仕事の創出につながると予測しています。したがって、それに備えてアップスキリングが必要になります。Thomson Reutersの調査に回答した専門職人材の87%は、誰にとっても新しいスキルのトレーニングが必要だと述べています。
AI熱は高まり続けていますが、生成AIの落とし穴も明らかになってきています。特に、間違いを生成する傾向がある点です。Gartnerは、注意深く管理しなければ生成AIの使用がレピュテーションリスクを招くと警鐘を鳴らします。法律や規制の問題についても注意しなければなりません。その代表例が、ニューヨークの連邦裁判所でChatGPTに対して提起された訴訟です。OpenAIの大規模言語モデルは他者の知的財産を利用して成果物を作った、と作家やNew York Timesは訴えています。
AIは生産性を大きく押し上げ、一部ではキャリアアップを実現する可能性を秘めている一方で、それをうまく使いこなせるかどうかは、適切な技術スキルだけでなく正しい判断力を社員に習得させられるかどうかにかかっています。
ハイブリッドワークは、被雇用者には好評です。Gallupによれば、ハイブリッドまたはフルリモートの勤務が可能な職に就いている人の8割近くが、その制度の提供を期待しています。しかし、雇用主の間では人気がなく、出社を命じるケースがますます増えています。
社員が週5日間の出社勤務に対して後ろ向きなのには、家の外で働くことで出費がかさむ、柔軟性がなくなるなどさまざまな理由があります。一方で、自宅とオフィスのどちらで働くほうが生産性が高いのか、あるいは同僚と物理的に同じ場所にいなくても新入社員は適切なオンボーディングやトレーニングを受けられるのかといったことについては、激しい議論が続いています。
とはいえ、ハイブリッドワークはなくなりません。組織は優秀な人材を獲得して引き留める必要があり、そうした人材はハイブリッドワークを求めているからです。企業として出社組と在宅組のギャップを埋め、その両者からの要求を満たすには、VRを検討するのがいいかもしれません。VRやMRなら、物理的に同じ空間にいない人の存在を確かに感じることができます。そして、新入社員がどこにいても、大人数でのオンボーディングを没入空間で行うことができます。
ここ数年、職場にはほとんどひっきりなしに変化が訪れました。パンデミックが起き、ハイブリッドワークとリモートワークが普及したかと思えば、今度はインフレが家計を直撃しています。当然、この絶え間ない変化は社員の心身に影響を与え、ストレスレベルが急上昇しました。Gallupによれば、世界の被雇用者が感じているストレスはパンデミック以降、過去最悪の水準にとどまっており、米国とカナダの被雇用者の半数以上が調査の前日に大きなストレスがあったと答えました。
これは組織にとって重大な問題です。ストレスは生産性の低下やエンゲージメントの欠如、離職率の上昇、企業文化への悪影響を招くことがあります。そのため、今年は社員の心身の健康が大きなテーマになりそうです。なかには、VRのメンタルヘルスサポートなどのテクノロジーを利用して、不安管理トレーニングや没入型の瞑想を提供している雇用主もいます。
採用が売り手市場であることに加え、優秀な人材が労働市場から流出した大量離職時代のあおりを受け、ここ数年、雇用主は適材を見つけるのに苦労してきました。しかし今年は、需給バランスの揺り戻しの兆候が見られます。
Indeedの「2024 US Jobs & Hiring Trends Report」によれば、Indeed Job Postings Index (求人件数指数)は2021年12月に22.5%を付けたのをピークに低下に転じています。連邦政府の求人件数も下降しています。これにはAIの使用のほかに、経済成長の減速が影響している可能性があります。
ただ、労働市場はたしかに変化しているものの、英国のChartered Institute of Personnel and Developmentは熾烈な人材獲得競争がまだ続いているとして次のように警告しています。
「採用に苦労している雇用主は2024年に一息つける可能性はあるものの、労働市場はまだ競争の激しい状態が続いています。社員が相反する優先事項のバランスを取ることができる、質の高い職を作れるかどうかが鍵です。ここでは、賃金だけでなく、丁寧なジョブデザインが必要になります。柔軟性と自律性が特に重視されており、この2つがあることで社員はワークライフバランスを管理することができます」。
Glassdoorの「Workplace Trends 2024」レポートによれば、今年、Z世代のフルタイム労働者の数がベビーブーム世代を上回ります。全労働者の中で最多になるわけではありませんが(最も多いのはミレニアル世代)、上の世代でゆっくりと進む定年退職のように、職場の形成に大きな影響を与えることに変わりはありません。
では、Z世代は何を好んでいて、仕事には何を求めているのでしょうか。Z世代の重要な特徴として分かっているのは、職場のテクノロジーに対する期待の大きさです。Z世代は真のデジタルネイティブであり、職場に最新のテクノロジーを求めます。ただ、これはZ世代に限ったことではありません。2024年までに職場にヘッドセットが導入されることを望んでいる被雇用者は60%いて、VR空間でデジタルアバターを介してコラボレーションすることを望んでいる被雇用者も62%います。
テクノロジー以外も重要です。Deloitte Digitalは、Z世代とその上司(ほぼ確実に年上)で態度や価値観が異なっている3つの分野を特定しました。
まず、Z世代は仕事をアイデンティティ上そこまで重要とは考えていません。仕事が自分のアイデンティティの大きな部分を占めると答えた上司の割合は86%であるのに対し、Z世代ではわずか61%です。
ソフトスキルに関しても差があります。Z世代の労働者は共感力を重視し、上司の特性として2番目に重要であると考えている一方、上司は共感力を5番目に位置付けています。もう1つ、メンタルヘルスの問題も重要です。Deloitteの調査によれば、Z世代の28%は上司を原因とするメンタルヘルスの問題を抱えており、必要なサポートを職場で受けられていると感じている人は5割にも届いてません。
そのため、労働者の最も若い世代のポテンシャルを最大限に引き出すには、経営層がその世代の欲求とニーズを理解するよう努力しなければなりません。
2024年の採用プロセスはVRによって大きく変わります。特にVR面接の活用による影響が大きいでしょう。これは、ハイブリッドワークとリモートワークの導入によって適材を探す網を広げられるようになったことによる自然な流れです。VR面接は、最適な人材を探すにあたって書類上の資格うんぬんではなくスキルをより重視するようになっている雇用主の傾向ともマッチします。
完全な没入空間で行われるVR面接では、世界中のどこにいる候補者も面接官の存在をリアルに感じられます。そのうえ、現実の仕事環境を再現したバーチャルシミュレーションの中で自分のスキルを披露することも可能です。これにより、候補者は自分ができることをアピールし、面接官はその職種に適した人材かどうかを現実的に評価できるようになります。
採用においてはAIも存在感を増しています。ただ、AIに「焼き込まれている」偏見の危険性を懸念する声は依然としてあります。しかし、AIの能力を逆手に取って、例えば採用プロセスを自動化し、偏見を排除してスキルと経験に注目できるようにすれば、多様性を高められる可能性があります。
優秀な人材を引き留めるには、社員が大きな変化を前向きに乗り越えられるように環境を整えることが最も重要になります。にもかかわらず、Forresterの予想では、2024年は組織における従業員体験(EX)の予算と優先度が下がって「EXの冬」に突入します。
このトレンドにだけは乗ってはいけません。積極性と熱意を持って精力的に仕事に臨めている被雇用者はわずか31%にすぎず、大半の組織ではこの領域の課題が山積みしているからです。この課題には取り組むだけの価値があります。Gartnerによれば、熱意を持って精力的に働けている人のほうが、組織に留まる可能性が31%高く、自発的に努力をする可能性も31%高く、貢献度合いも15%高くなっています。
これからの1年で起こることを組織として最大限に生かすなら、いくつかの領域に重点的に取り組む必要があります。今後の変化に備える方法を、以下の各項目を展開して確認しましょう。